従姉を5回妊娠させて4回中絶させた。最後は他の男に丸投げした。



中絶が女性の体にとって良くないことは重々承知しているのですが、どうしても中出しが止められません。
そしてその結果として妊娠させることが、自分勝手ながら変な征服感や独占欲を満たすことになってしまって久しいのですが、そんな私の最初の相手は3歳上の従姉で、今から33年前のことでした。
当時ワタシは高校の、従姉は大学の受験のため、お互いの家族が夏休みで旅行に行っている間も家に残りそれぞれ受験勉強に励んでいました。
まだ中学生だった私の食事を作る係としてバイト代を受け取っていた従姉は、初日こそ食事のあと家に帰ったものの、翌日からは私の家のクーラー目当てでずっと家に居て勉強するようになりました。



従姉は後に、今で言うキャンパス・クイーンのようなものに選ばれるほど、スタイルも容姿も抜群で、周囲の憧れの的でした。
そんな従姉と四六時中二人きりで一緒にいるのですから、当然下半身が疼いてしまうこともしばしばで、実際、彼女がタンクトップ姿でリビングに居るところを見て欲情してしまった私は、自室でこっそりオナニーをしていました。



いままさに射精!という瞬間に、後ろに人の気配を感じた私が思わず手をとめようとすると、生暖かい唇で口を塞がれました。
従姉に一部始終を見られていたのでした。
ですが、まだ若かった私は射精のコントロールなど出来る訳もなく、口を塞がれた形でそのまま大量の精液を机に向って飛ばしてしまいました。
机の前の壁に貼っていたポスターに精液がかかったくらいでしたから、2メートル近い飛距離だったでしょう。
従姉にとっても射精の瞬間を見るのは初めてだったようで、とてもビックリしていたのを覚えています。



「すごいねぇ~、いっぱい出したね」
と言うと、恥ずかしさから前を隠しながら、ティッシュで机を拭こうとした私に
「拭いてあげる」
といい、ティッシュを取って、机ではなく私の陰茎を拭きにかかりました。
射精後の放心状態と恥ずかしさ、それに加えてあまりに大量に飛び散った精液をどうしたものかという混乱の中、反応が遅れた私を制して、従姉は私の手を除けて直接亀頭部分をティッシュでギュッと拭いたものですから、くすぐったさに体を捻じったところ、それが彼女の顔のすぐ近くまで動き、残っていた精液が口の近くにかかったのを覚えています。



また、手にも大量のヌルヌルが付着しており、なんと従姉はそのヌルヌルとした精液を絡ませて私の陰茎を握ってくるではありませんか。
あっという間に再度固く勃起してしまった私に対して、目を見張りながら
「一緒にお風呂に入ろうか」
と紅潮した顔で言いました。



風呂ではお互い無口でそれぞれの陰部を、やけに丁寧に洗ったことを覚えています。
その後、私の部屋へ戻り、キスから始めて、お互いの性器を舐めあいました。
やがて、どうしても射精したくなった私の気配を察した従姉は、黙って体勢を入れ替え誘導してくれて、自然な形で正常位でお互いの初体験を迎えるこができました。



すでに愛液が内腿まで溢れかえっていた従姉は、初体験だったにも関わらずさほど痛みを訴えませんでした。
というのも彼女は性交自体は初めてだったのですが、幼いころからオナニーの常習者だったため、すでに処女膜もなく、また異物挿入経験もあったため、苦痛を上回る快感があったのだそうでした。
当時、避妊に関しての知識はもちろんありましたが、「まさか自分の精子で、やっちゃん(従姉)が妊娠することなどありえない」という、誤った確信に捉えられた私は、従姉の膣の中奥深くに陰茎を押し込むと、そこに大量の精液を吐き出しました。



すると、やっちゃんがガバっと起きだし
「赤ちゃんできちゃったらどうすんの!?」
と言うではありませんか。
「え、オレとやっちゃんの子供?」
「そうだよ、もしこれで赤ちゃんできちゃったら、あーちゃん(私のこと)がお父さんだよ」
「そんな馬鹿な」



「あーちゃんの精子は、ワタシを妊娠させられるんだよ」
・・・といった会話をしているうちに、いつの間にか従姉は、姉のような立場から、まさに「私のオンナ」のような立場に変わっていったことを明確に記憶しています。
それは同時に、私の心の中に生まれて初めて、女性に対する独占欲が芽生えた瞬間でもありました。
今も変わらぬ、その独占欲を満たす方法が、女性を妊娠させることなのは冒頭に記したとおりです。



結局、従姉とは家族が帰ってくるまでの1週間、休まず中出しで性交していました。
朝は従姉のフェラチオで目覚め、そのまま1度目。
シャワーを浴びて更に二度目・・・と、泡のような精液がほんの少し出るだけになっても尚、サルのようにSEXを繰り返していました。
しまいには、お互いの性器が赤く腫れあがったものの、それでも二人ともセックスの甘美さの誘惑に勝てず、私の両親が帰宅する直前までお互いを貪りあいました。



当然の帰結として、従姉は私の精子で妊娠しました。
幸か不幸か、親にバレる前に中絶をすることができましたが、その中絶手術から数日後には、また中出しでセックスをしてしまい、再び妊娠させてしまいました。
二度目の妊娠の時には、罪の意識もなく、逆に安心して膣内射精を楽しんだことを覚えています。



二度目の中絶のあとも、従姉との肉体関係は止まることはありませんでした。
その関係は私の高校時代も続きましたが、5度目の妊娠で遂に彼女の親にバレました。
私との結婚を望んでいた従姉は洗いざらい二人の過去について白状したのですが、当然認められず、私の子を孕んだまま、無理やり見合結婚させられました。
いくら美人とはいえ、他人の子を孕んだままの娘を嫁とするのはプライドが許さなかったでしょう。



まして中絶回数の多さに驚いた叔母(従姉の母)が、『腹の中の子を産まなければ、今後二度と子供が産めなくなるかも』と危惧したため、腹の子込みでのコブ付き結婚だったのですから。
しかし叔母が選んだその男性は、10年前に亡くなるまで立派に家長を演じてくれました。
世の中には凄い男がいるものです。

長文、失礼いたしました。
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